お水の全ては「葵」で磨かれた

しゃぼねっと 藤原まさゆき研究所

お水の全ては「葵」で磨かれた

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 18歳の9月だったかな。
下田のペンションでの仕事を諸事情によりリタイアして急遽 静岡に戻ってきた。
当時ロン毛では就職がなくて 土方とかやってたけど、
「画家志望です」と嘘をついて洋服屋の 「BIGIグループ」 で働きました。

「Papas」や「Non Non」のトレーナーやパーカーを狂ったように売りました。
おたたみや社会の習慣なんかもここで教わりました。今、思えば、

コンプに面接に来る若者はなんてすばらしいのかと思うほど
とんでもない奴だったと思います。

それでも、ひとり暮らしだったんで昼間の給料では生きていけず、
「DOMO」を読んで、時給1000円の高級そうなクラブに面接に行きました。
大雨の台風の日だった。七間町を全力でぐしゃぐしゃになって走って
面接を受けた記憶があります。

クラブ「葵」 

マスターの野間先生は ピアノを弾きながらお客さんの伴奏をします。

森チーフは厨房です。

岩佐 豊 さん、ユタさんが
後の僕の人生を大きく変えた人物であったのは紛れも無い事実です。
水商売も洋服屋もバンドも女も、凄いバイタリティで他を圧倒していました。
ある意味姑息でした。
彼を上回るという目標設定のおかげで、
割と早く次のステージにいく事ができたと思います。 

彼に会わなければ、丸井で働いてなかったと思うし、
サムシングにも行かなかったし
カワサキさんと会うことも無かったし、
アヤリンとも会うことはなかったし。。。

実際には半年しか働いてなかったけど、恐ろしい教育を受けました。

(日曜日以外休んではダメとか、1秒でも遅刻したらペナルティとか)
とてもバイトではありませんでした。後半は僕一人で店を回してました。

ショータイムも一人でやってました。きつかったです。

でも、人生でイチバン大切な出会いをした場所だったと思います。